別記事「物流DXとは?2024年問題・法改正・補助金までまとめて解説」では、「フィジカルインターネット構想」を簡単に紹介しました。この記事では、構想の学術的な起源から、日本で実際に進んでいる取り組み、そして中小企業にとっての意味まで、より具体的に掘り下げます。

物流DXとは?2024年問題・法改正・補助金までまとめて解説物流DXを、2024年問題の実態・2025年からの物流効率化法改正とCLO義務化・活用できる補助金まで、中小企業の経営者・IT担当者向けにまとめて解説します。...

フィジカルインターネットとは何か:インターネットの仕組みを物流に応用する発想

フィジカルインターネットは、カナダ・ラバル大学(後にジョージア工科大学)のBenoit Montreuil教授が2006年頃に着想した概念です。2009年から「Physical Internet Manifesto」がオンラインで段階的に公開され、2011年にはMontreuil教授らによる論文「Towards a Physical Internet」で正式に理論化されました。フランスのEric Ballot氏やアメリカのRussell Meller氏らも初期から研究に参加し、フランスの「OpenFret」プロジェクトや、EUの研究プロジェクト「Modulushca」「ICONET」など、欧米を中心に研究・実証が積み重ねられてきました。

インターネットとの類推:3つの構成要素

「フィジカルインターネット」という名前のとおり、この構想はデジタル通信の仕組みを物流に応用する発想に基づいています。具体的には、次の3つの要素が対応関係にあります。

  • パケット → 規格化された輸送容器:インターネットがデータを「パケット」という標準規格の単位に分割して送るように、荷物も標準規格化された容器(モジュール化コンテナ)に格納して輸送する
  • ルーター/サーバー → PIノード(物流拠点):データがルーターを経由して最適な経路で届けられるように、荷物も複数の企業が共有する物流拠点(PIノード)を経由し、その都度最適な輸送手段・ルートに載せ替えられる
  • 通信プロトコル → 共通ルール:荷物・情報・決済のやり取りを、特定の企業に依存しない共通ルール(プロトコル)に基づいて行う

単純化すると、「1つの企業が自社のトラック・倉庫だけで荷物を運ぶ」のではなく、「複数の企業が規格化された容器と共有拠点を使い、業界の垣根を越えて荷物を運び合う」社会を目指す構想だと理解すると分かりやすいでしょう。

日本の「フィジカルインターネット実現会議」

日本では、経済産業省・国土交通省が令和3年(2021年)10月に「フィジカルインターネット実現会議」を発足させ、令和4年(2022年)3月に「フィジカルインターネット・ロードマップ」を策定しました。学術発のこの国際的な概念を、政府レベルの政策文書として初めて具体化した点で、世界初の取り組みとされています。

実現会議の傘下には、業界別のワーキンググループ(WG)が設置されています。2021年12月には建材・住宅設備WGが、その後スーパーマーケット等WG・百貨店WGが設置され、2023年7月には化学品WG(事務局:三菱ケミカル・三井化学・東ソー・東レ、78〜82団体が参加)、2024年6月には医薬品WGが設置されています。業界ごとに異なる商習慣・荷姿を踏まえながら、標準化の議論が進められている状況です。

2026年時点で実際に進んでいる取り組み

構想段階で終わらず、具体的な実証実験も動き出しています。化学品WGは2024年9〜12月、四日市〜市原、中京〜北陸、市原〜東北の各ルートで共同物流の実証実験を実施し、トラックの積載率を20ポイント改善、CO2排出量を28%削減する成果を確認しました。さらに2026年2月19日には、同WGが「パレチゼーション推進ガイドライン」の作成に着手し、標準パレットとして「11型」「14型」に加え、ドラム缶輸送向けの新規格「1112型」を選定したことが発表されています(座長:流通経済大学の矢野裕児教授)。

業界横断の動きとしては、2024年5月に伊藤忠商事・KDDI・豊田自動織機・三井不動産・三菱地所の5社が、フィジカルインターネットの事業化に向けた新会社設立の検討で合意したと報じられています(本記事執筆時点での具体的な進捗は確認できていません)。また2026年2月26日には、JPIC(一般社団法人フィジカルインターネットセンター)主催・経産省と国交省後援で「フィジカルインターネットシンポジウム2026」が開催され、第1回「フィジカルインターネットアワード2026」の表彰式も実施されました。

日本の取り組みを時系列で整理する

ここまで紹介した日本の動きを時系列で整理すると、次のようになります。

時期 内容
2021年10月 経産省・国交省が「フィジカルインターネット実現会議」を発足
2021年12月 建材・住宅設備WGを設置
2022年3月 「フィジカルインターネット・ロードマップ」を策定(政府レベルで世界初)
2023年7月 化学品WGを設置(三菱ケミカル・三井化学・東ソー・東レが事務局)
2024年5月 伊藤忠商事・KDDI・豊田自動織機・三井不動産・三菱地所が新会社設立の検討で合意
2024年6月 医薬品WGを設置
2024年9〜12月 化学品WGが共同物流の実証実験を実施(積載率20ポイント改善、CO2排出量28%削減)
2026年2月 パレチゼーション推進ガイドライン作成に着手、「フィジカルインターネットシンポジウム2026」開催

2021年の発足から2026年まで、5年ほどをかけて「政策文書の策定」から「業界別WGでの検討」「実証実験」「標準規格の選定」へと、着実に具体化のフェーズが進んでいることが読み取れます。

海外の動向:EUのALICEロードマップとの関係

欧州では、ETP(欧州技術プラットフォーム)傘下の組織ALICEが「Roadmap to the Physical Internet」を策定しています。PIノード・PIネットワーク・ネットワーク・オブ・ネットワークスなど5つの領域を掲げ、2030年までに先進的なパイロット実装を一般化させ、渋滞・排出・エネルギー消費を30%削減するという目標を打ち出しています。日本のロードマップは、こうした国際的な研究の流れを踏まえつつ、政府レベルの政策文書として具体化した点に特徴があります。

中小企業にとっての意味:規模の経済を享受できる可能性

多くの解説記事は、この構想を大企業・物流子会社の話として紹介しがちですが、経産省の資料では、中小企業や個人事業主にとってのメリットにも言及されています。物流のリソースを自前で持たない中小企業や個人であっても、一定の要件を満たせば、共有される物流インフラを通じて全国・国際的な調達・販売が容易になり、これまで大企業しか享受できなかった「規模の経済」を得やすくなると期待されています。これは、中小企業の成長機会や新規開業のハードルを下げ、経済全体の活性化にもつながるとされています。

よくある質問

Q. フィジカルインターネットは、もうすぐ実現するのですか?

いいえ、2040年を目標とする長期的な構想です。現時点では、化学品業界を中心とした一部の業界での実証実験や、標準パレットの選定といった基盤づくりの段階にあります。

Q. 中小企業が今すぐ準備すべきことはありますか?

本記事執筆時点では、中小企業が個別に取れる具体的なアクションは確立されていません。ただし、共同配送やモーダルシフトといった「複数企業で物流を共有する」発想自体は、フィジカルインターネットの考え方と共通する部分があります。関連する取り組みについては、別記事「物流の2024年問題は結局どうなった?現状と対策」で紹介した共同配送の事例も参考になります。

物流の2024年問題は結局どうなった?現状と対策物流の2024年問題は施行から約2年で結局どうなったのか。倒産動向・運賃浸透率・宅配便値上げ・企業のモーダルシフト事例等、一次データに基づいて現状を検証します。...

Q. フィジカルインターネットとサプライチェーンマネジメント(SCM)はどう違うのですか?

SCMは、自社および自社の取引先の範囲内で調達・生産・物流を最適化する考え方です。一方フィジカルインターネットは、業界・企業の垣根を越えて物流インフラそのものを共有するという、より広い社会インフラレベルの構想である点が異なります。

Q. 「フィジカルインターネットセンター(JPIC)」とはどのような組織ですか?

JPIC(一般社団法人フィジカルインターネットセンター)は、フィジカルインターネットの実現に向けた研究・普及活動を行う組織で、前述のシンポジウムやアワードの主催も担っています。経産省・国交省といった行政機関とは別に、産学の関係者が参加する形で活動している団体です。

参考にした主な調査・資料

まとめ

フィジカルインターネットは、2006年頃のBenoit Montreuil教授の着想に端を発し、日本では2022年に政府レベルのロードマップとして世界に先駆けて具体化された構想です。化学品業界を中心に共同物流の実証実験や標準パレットの選定が進むなど、少しずつ具体化が始まっています。長期的な構想ではありますが、中小企業にとっても「規模の経済」を享受できる可能性を持つ取り組みとして、今後の動向を追っておく価値があります。物流DX全体の制度整理については、別記事「物流DXとは?2024年問題・法改正・補助金までまとめて解説」もあわせてご覧ください。

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