製造業は他業種と比べても人手不足やベテラン技能者の高齢化が深刻で、「DXに取り組みたくても何から手をつければいいか分からない」という声をよく聞きます。この記事では、経済産業省「DXセレクション」やJ-Net21で紹介されている製造業の中小企業の事例をもとに、実際に何から着手しているのかを整理します。

製造業がDXで直面しやすい3つの課題

製造業の中小企業がDXを検討する際、次の3つの課題が特に大きな壁になりやすいといわれています。

  • 人手不足:製造業の有効求人倍率は1.6倍程度とされ、将来的には70万〜100万人規模の人手不足が見込まれるとの試算もあります。限られた人数で従来と同じ生産量を維持するには、業務の自動化・効率化が避けて通れません
  • 技能継承:ベテラン職人の退職に伴い、長年培われてきた技術・ノウハウが若手にうまく引き継がれないという問題です。感覚や経験に頼っていた作業を、データや手順として明文化できるかどうかが分かれ目になります
  • 多品種少量生産への対応:取り扱う製品の種類が多いほど、図面や仕様、在庫といった情報が現場や担当者ごとに分散しやすく、全体を把握しづらくなります。特定の担当者しか把握していない情報が多いほど、その人が不在の際に生産計画全体が滞るリスクも高まります

まず「アナログ→デジタル化」から着手する企業がほとんど

製造業のDXに関する解説では、実際に成果を上げている企業の多くが、いきなり新製品の開発やビジネスモデルの変革に取り組むのではなく、まず「アナログデータのデジタル化」や「既存業務の効率化」から着手しているという傾向が指摘されています。逆に、新規事業創出や企業文化の変革といった高度な段階まで進んでいる企業は少なく、成果も出にくいとされています。つまり、多くの企業にとって現実的な出発点は「地道な見える化」だといえます。

経済産業省「DXセレクション」に見る製造業の取り組み事例

経済産業省が中堅・中小企業の優良なDX事例を選定する「DXセレクション」からは、実際に製造業がどのような取り組みを進めているかが見えてきます。

樋口製作所(岐阜県各務原市)

「DXセレクション2025」で優良事例に選定された樋口製作所は、2018年からIoTの活用を開始し、図面・帳票の電子化、製品のロット単位での追跡(トレース)、バーコードによる在庫の見える化、設備の稼働制御・安全管理のデジタル化まで、段階的に取り組みを広げてきました。長期間かけて少しずつ対象範囲を広げてきた点が特徴です。(出典:樋口製作所公式サイト

三行合成樹脂(新潟県見附市)

プラスチック射出成形業を営む三行合成樹脂は「DXセレクション2026」で準グランプリを受賞(新潟県内企業として初)。金型・製品情報をすべてデジタルで管理し、81台にのぼる成形機の稼働状況をリアルタイムで監視することで、異常の早期発見を実現しています。生産状況を「見える化」したことによる不良品削減が評価されました。(出典:新潟日報

リノメタル(埼玉県八潮市)

金属加工業のリノメタルは「DXセレクション2024」で準グランプリを受賞し、「全国クラウド実践大賞2023関東・信越大会」でも最優秀賞を受賞しています。ビジネスチャットツールを活用した情報共有の効率化と、調達業務の省力化に取り組んだ点が評価されました。専門的なシステムではなく、身近なツールの活用から成果を出している点が参考になります。(出典:大塚商会 導入事例

山口産業(佐賀県多久市)

テント倉庫・膜構造物メーカーの山口産業は「DXセレクション2024」で準グランプリを受賞(佐賀県内企業として初)。場当たり的にツールを導入するのではなく、経営ビジョンに基づいたDX計画を策定したうえで、生産性・品質の向上に取り組んでいる点が特徴です。(出典:佐賀新聞

その他の取り組み事例(J-Net21・各種報道より)

中小機構が運営する中小企業支援サイト「J-Net21」などでも、製造業のDX事例が紹介されています。

  • 秋田酒類製造(秋田県):温度データを収集するシステムを導入し、全国的にも注目されるDXモデル事例として紹介されています(出典:J-Net21「中小企業とDX」特集
  • 高梨製作所(山形県河北町):IoTを導入し、非効率な作業を解消。人口減少による人手不足への対応も見据えた取り組みです(出典:J-Net21「中小企業とDX」特集
  • 山本金属製作所(大阪市):工場の稼働状況を見える化したことをきっかけに、新規事業の創出にもつなげています(出典:J-Net21「生産性向上取組事例」特集
  • 旭ウェルテック:ベテラン職人の退職に伴う技術継承の課題に対し、聞き取り調査を通じてノウハウをデータベース化する取り組みを進めています(出典:マイナビTECH+

事例に共通する「何から着手したか」

これらの事例を並べてみると、共通するパターンが見えてきます。

  • まず「見える化」から始める:樋口製作所・三行合成樹脂・秋田酒類製造・山本金属製作所は、いずれも設備の稼働状況やデータをまず可視化するところから着手しています
  • 身近なツールを活用する:リノメタルのように、専門的な生産管理システムでなく、ビジネスチャットのような身近なツールの活用でも成果につながっています
  • 経営ビジョンと紐づけて計画化する:山口産業のように、場当たり的な導入ではなく経営方針に基づいた計画を立てている
  • 属人化しているノウハウを形式知化する:旭ウェルテックのように、ベテランの知見をヒアリングしてデータベース化する取り組みも、広い意味でのDXの一環です

いずれの事例も、いきなり高度なAIシステムを導入したわけではなく、自社の「見えていない部分」を可視化するという地道な取り組みからスタートしている点が共通しています。また、樋口製作所が2018年から段階的に取り組みを広げてきたように、多くの事例は短期間で完成させるのではなく、数年単位で対象範囲を少しずつ広げていくアプローチを取っています。DXを「一度で完成させるプロジェクト」ではなく「継続的に育てていく取り組み」として捉えることが、製造業に限らず共通する成功の条件といえそうです。

本記事で紹介した事例について

本記事で紹介した事例は、経済産業省「DXセレクション」やJ-Net21など公的機関が公表・紹介している取り組み内容に基づいています。ただし、生産性向上率や不良品削減率といった具体的な数値成果までは、本記事執筆時点で公開情報から確認できませんでした。取り組みの方向性や着手順序を参考にする分には十分な情報ですが、詳細な数値を知りたい場合は、各企業や経済産業省・中小機構が公開している一次資料を確認することをおすすめします。

自社で取り組む際の3ステップ

  1. 自社の「見えていない部分」を洗い出す:設備の稼働状況、在庫状況、ベテラン社員しか把握していないノウハウなど、現状把握が不十分な領域を特定する
  2. 身近なツールから始める:高額な専用システムでなくても、IoTセンサーやビジネスチャットなど、比較的導入しやすいツールから着手する
  3. 経営ビジョンと紐づける:単発の効率化で終わらせず、自社が目指す方向性の中にDXの取り組みを位置づけ、継続的な計画として進める

よくある質問

Q. 予算が限られた中小企業でも同じような取り組みは可能ですか?

可能です。リノメタルの事例のように、専用の生産管理システムではなく、ビジネスチャットのような比較的安価なクラウドツールの活用でも、情報共有の効率化という成果につながっています。まずは自社の予算内でできる範囲のツールから着手し、効果を見ながら段階的に投資を広げていく進め方が現実的です。

Q. IoTセンサーの導入はハードルが高そうですが、何から始めればよいですか?

いきなり工場全体にセンサーを張り巡らせる必要はありません。樋口製作所のように、まず一部の設備・工程から稼働状況の見える化を始め、効果を確認しながら対象範囲を広げていく進め方であれば、初期投資を抑えつつ取り組みを始められます。導入を検討する際は、前述の「デジタル化・AI導入補助金」のような補助制度の活用も選択肢になります。

Q. ベテラン社員の技能継承は、具体的にどう進めればよいですか?

旭ウェルテックの事例のように、まずはベテラン社員への聞き取り調査から始め、そのノウハウを文書や動画、簡単なデータベースの形に残していくことが基本的な進め方です。専用システムを使わなくても、Excelや無料のツールで記録を残すところから始めても構いません。重要なのは「頭の中にしかない知識」を、誰でも参照できる形に少しずつ変えていくことです。

Q. 自社の業種が今回の事例と少し違いますが、参考になりますか?

業種が異なっていても、「稼働状況や在庫を見える化する」「身近なツールから情報共有を効率化する」「ベテランのノウハウを形式知化する」という考え方自体は、多くの製造業に共通して応用できます。まったく同じ手法をそのまま真似るのではなく、自社の課題に置き換えて「何を見える化すべきか」を考えるヒントとして活用するとよいでしょう。

まとめ

製造業の中小企業がDXで生産性を上げている事例を見ると、共通するのは「まず見える化から始める」という地道なアプローチです。人手不足や技能継承といった製造業特有の課題も、いきなり大きなシステムを導入するのではなく、身近なところから可視化・共有を進めることで、着実に改善につなげられる可能性があります。自社の課題に近い事例を参考にしながら、無理のない範囲から着手してみてはいかがでしょうか。