経済産業省が2018年に警鐘を鳴らした「2025年の崖」。あれから数年が経ち、当の2025年も過ぎた今、実際のところどうなったのでしょうか。この記事では、公的機関の総括レポートや専門家の見解をもとに、「2025年の崖」の現在地を検証します。

おさらい:「2025年の崖」とは何だったか

経済産業省は2018年9月に公表した「DXレポート」の中で、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)を放置した場合、2025年以降に最大で年間約12兆円もの経済損失が生じる可能性があると試算しました。あわせて、IT予算の約8割が既存システムの保守・運用という「守りのIT」に費やされ、新しい取り組みへの「攻めの投資」に資金が回らない実態も指摘していました。この記事でいう「12兆円」は、あくまで「何も対策を取らなかった場合の最大損失シナリオ」であり、実際に発生した損害額を示すものではない点は押さえておく必要があります。

経済産業省の「答え合わせ」:レガシーシステムモダン化委員会

経済産業省は2025年5月28日、「レガシーシステムモダン化委員会」の総括レポートを公表しました。これは2024年7月から2025年3月にかけて、経済産業省・デジタル庁・IPAが参加して議論を重ね、約4,000社の調査結果を集約したものです。このレポートによると、ユーザー企業の61%に依然としてレガシーシステムが残存していることが確認されています。

IPAが2025年6月に公表した「DX動向2025」でも、「レガシーシステムはない」と回答した企業は20.0%にとどまっています。いずれにしても「レガシーシステム問題が解消した」とは言えない状況です。

調査によって数字にばらつきがある理由

レガシーシステムの残存率については、調査によって次のように数字に幅があります。

  • 経済産業省「レガシーシステムモダン化委員会」総括レポート(2025年5月):ユーザー企業の61%に残存
  • IPA「DX動向2025」(2025年6月):「レガシーシステムはない」と回答した企業は20.0%(裏を返せば約8割が保有)
  • 別の調査では、大企業に限ると74%が保有しているとする数値も見られます

数字に差があるのは、調査対象となった企業の規模・業種、「レガシーシステム」の定義の違いなどが影響していると考えられます。共通しているのは、いずれの調査でも「半数以上、あるいは大多数の企業が何らかのレガシーシステムを抱えている」という傾向自体は一致している点です。

「12兆円損失」は実際に起きたのか

肝心の「年間12兆円の経済損失」については、これを裏付ける、あるいは否定する具体的な事後検証データは、本記事執筆時点では確認できませんでした。前述のとおり、この数字はもともと「対策を取らなかった場合の最大シナリオ」として示されたものであり、実測値として毎年集計されているものではありません。

興味深いのは、当初の試算の主要な根拠の一つだった、大手基幹システムベンダーSAPの「ERP6.0」という製品の保守サポート終了時期が、当初の2025年から2027年へと延期されたことです。日経クロステックの識者コラムでは、この延期によって「2025年の崖」が前提としていた根拠の一つが崩れたと指摘されています。

専門家の間で分かれる評価

「2025年の崖は結局どうだったのか」という評価は、専門家の間でも分かれています。

  • 「刷新は進んだが本質を見失った」派:デロイトトーマツなどは、レガシーマイグレーション市場が2024年度に9,458億円規模まで拡大したとするなど、システム刷新自体は一定程度進んだ一方で、本来目指すべきだった「ビジネス変革」という目的が置き去りにされていると指摘しています
  • 「崖は実現してしまった」派:日経クロステックの一部コラムでは、老朽化したシステムの蔓延やそれに伴うトラブルの増加を根拠に、「2025年の崖はすでに実現している」との見方を示していますが、これを裏付ける定量的な証拠は限定的です
  • 「期限を煽ったこと自体が問題」派:特定の年を区切って危機感を煽る手法自体に疑問を呈する論調もあります

これらの評価に共通するのは、「崖から落ちたか落ちなかったか」という単純な二択では語れない、複雑な状況だという点です。

経営層のコミットメント不足が本質的な課題

ITmediaが2026年3月に経済産業省のDXレポート執筆者に取材した記事では、システム刷新が停滞している主な原因として、経営層のコミットメント不足と人材不足が挙げられています。これは、別記事「中小企業のDX失敗事例5選」で紹介した「ツール導入がゴール化する」失敗パターンとも重なる指摘です。技術的な老朽化そのものより、経営としてどこまで本気で向き合うかが問われているといえます。

IPA「DX動向2025」に見る現在地

IPA「DX動向2025」によると、DXで「成果が出ている」と回答した日本企業は6割弱にとどまり、米国・ドイツの8割超と比べて低い水準です。また、成果を「わからない」(測定できていない)と回答した企業は日本で26.2%と、米独の5〜6%を大きく上回っています。DX推進人材の不足を訴える日本企業も85.1%にのぼり、システムだけでなく人材面の課題も依然として大きいことが分かります。

中小企業にとっての教訓

「2025年の崖」の試算は主に大企業のレガシーシステム問題を念頭に置いたものですが、「守りのIT」に追われて「攻めのDX」に着手できないという構造は、中小企業にも共通する部分があります。重要なのは、「2025年」という特定の年に一喜一憂することではなく、自社が今どのような状態にあるかを見極め、着実に対応を進めることです。DXの基本的な考え方については、別記事「2026年、中小企業にとってのDXとは?」もあわせてご覧ください。

よくある質問

Q. 結局、「2025年の崖」は起きたのですか、起きなかったのですか?

本記事で紹介したとおり、専門家の間でも評価は分かれており、単純に「起きた」「起きなかった」と言い切れる状況ではありません。少なくとも、レガシーシステムが解消されたとは言えず、課題は形を変えて残り続けていると考えるのが実態に近いでしょう。

Q. 中小企業も「2025年の崖」を心配する必要がありますか?

試算自体は主に大企業を念頭に置いたものですが、老朽化したシステムを放置すること自体のリスクは企業規模を問いません。自社の基幹システムがどの程度古くなっているか、保守サポートの終了時期などを一度確認しておくとよいでしょう。

Q. 今から対応しても遅くないですか?

遅すぎるということはありません。経済産業省のレポートが示すとおり、多くの企業が依然としてレガシーシステムを抱えている状況であり、今から着実に対応を進めることには十分な意味があります。

Q. なぜ調査によって「レガシーシステムを抱えている企業の割合」の数字が違うのですか?

調査対象となった企業の規模・業種や、「レガシーシステム」をどう定義するかの違いが影響していると考えられます。経済産業省の総括レポートでは61%、IPAの調査では「レガシーシステムはない」と回答した企業が20.0%(約8割が何らか保有)となっており、数字自体には幅がありますが、「大多数の企業が何らかのレガシーシステムを抱えている」という大きな傾向自体は共通しています。

参考にした主な調査・資料

まとめ

「2025年の崖」は、単純に「起きた」「回避された」と言い切れるものではなく、レガシーシステムの残存や成果創出の遅れという課題が、形を変えて今も続いているというのが実態に近いといえます。特定の年の期限に振り回されるのではなく、自社の状況を見極めながら、着実にDXを進めていく姿勢が重要です。