小売業・飲食業は、人手不足や季節・天候による売上の変動が大きく、DXの効果を実感しやすい業種の一つです。この記事では、経済産業省「DXセレクション」やJ-Net21で紹介されている小売業・飲食業の中小企業の事例をもとに、実際にどのような取り組みが成果につながっているのかを紹介します。

小売業・飲食業のDX、実態はどうか

IPA(情報処理推進機構)の「DX白書2023」によると、卸売業・小売業でDXに取り組んでいる企業は22.6%で、小売業に限ると「DXの意味を理解して取り組んでいる」と回答した企業は15.7%にとどまります。中小機構が2023年7〜8月に実施した調査でも、DXに取り組む中小企業は31.2%(前年比6.4ポイント増)で、課題としては「IT人材が足りない」(28.1%)、「予算確保が難しい」(24.9%)が上位に挙げられています。他業種と同様、人材・予算の両面で壁を感じている企業が多いことがうかがえます。

経済産業省「DXセレクション」に見る飲食業の事例

ゑびや(三重県伊勢市)

食堂と隣接する土産物店を営む有限会社ゑびやは、「DXセレクション2024」で優良事例に選定されました。天気・曜日・周辺の宿泊者数といったデータをもとに来店客数を予測するBIツール「TOUCH POINT BI」を自社で開発・導入し、食品ロスの削減(お米の使用量が1日6升から2升に減少)と、来店客の待ち時間短縮(10〜15分の短縮)を実現しています。隣接する土産物店でも画像解析による客層分析を導入し、ある月には売上が前年比2倍に達したと報告されています。全社的には売上が約2割増加し、従業員一人当たりの年間売上高は396万円から1,073万円へと大きく向上しました。

この事例のポイントは、経営者や現場の「勘と経験」に頼っていた需要予測を、データに基づく予測に置き換えたことです。食品ロスの削減や待ち時間の短縮は、来店客・従業員の双方にとってのメリットにもつながっています。自社開発した「TOUCH POINT BI」は、その後グループ会社を通じて他の飲食店・小売店にも提供されており、一社の業務改善にとどまらず、地域の他事業者のDXにも波及している点も注目に値します。

小売業の事例

グッデイ(福岡市、ホームセンター64店舗)

ホームセンターを64店舗展開する株式会社グッデイは、2015年頃からデータ分析に基づく経営を推進し、BIツールを活用した売場改善や発注の最適化に取り組んできました。その結果、5年間で売上高が26%増加し、第1回日本DX大賞(大規模法人部門)を受賞しています。多店舗展開する小売業にとって、店舗ごとのデータを横断的に分析し、経営判断に活かす体制を長期的に構築してきた点が特徴です。

小西タイヤ(秋田県秋田市、タイヤ・ホイール専門店)

タイヤ・ホイール専門店を営む有限会社小西タイヤは、「DXセレクション2023」に選定されています。基幹システムの整備、RPA(業務自動化ツール)、ハンディ端末の導入により、業務時間の削減に取り組んでいます。具体的な削減率などの数値は本記事執筆時点で確認できませんでしたが、専門店ならではの在庫管理・受発注業務のデジタル化を進めている事例として参考になります。

関連業種の事例:卸売・物流業にも広がる動き

小売業・飲食業と取引の多い卸売・物流業でも、DXの動きが広がっています。J-Net21では、静岡県浜松市の浜松倉庫株式会社が、社員参加型でDXを推進し、生産性・顧客満足度の向上につなげている事例として紹介されています(具体的な数値成果は本記事執筆時点で確認できていません)。小売・飲食業と取引先である卸売・物流業の双方でデジタル化が進むことで、受発注や在庫情報のやり取りがよりスムーズになることも期待されます。

小売業・飲食業でよく着手される領域

公的な選定事例以外にも、小売業・飲食業では次のような領域からDXに着手するケースが一般的によく見られます。

  • POSレジのクラウド化(会計・売上データの集計を自動化)
  • 予約・顧客台帳のデジタル化(電話対応の負担軽減)
  • モバイルオーダー・キャッシュレス決済の導入
  • 在庫管理のデジタル化(仕入れ・発注の最適化)

これらは特定のクラウドサービスの紹介記事等でよく取り上げられる一般的な傾向であり、業種や店舗の規模によって最適な着手順は異なります。

小売業・飲食業特有の課題

小売業・飲食業では、人手不足に加えて、パート・アルバイトなど非正規雇用の比率が高いこと、複数店舗を展開している場合の情報共有の難しさ、季節や天候による売上変動への対応など、業種特有の課題があります。特にパート・アルバイトが中心の職場では、専任のIT担当者を置きにくく、シフトによって関わるメンバーが日々変わるため、操作が簡単なツールを選ぶことも重要なポイントになります。ゑびやの事例のように、天気や周辺の宿泊者数といった外部データを活用した需要予測は、こうした季節変動への対応という課題に直接応える取り組みだといえます。

事例に共通するポイント

ゑびや・グッデイの2つの事例に共通するのは、「勘と経験に頼っていた判断を、データに基づく予測・分析に置き換えている」という点です。また、グッデイが2015年から5年かけて成果を上げてきたように、短期間で完成させるのではなく、継続的にデータ活用の精度を高めていく姿勢も共通しています。経営者自身がデータ分析に関心を持ち、関与し続けていることも、両社に共通する特徴です。

自社で取り組むための3ステップ

  1. 売上・来店数に影響する要因を洗い出す:天気、曜日、周辺のイベントなど、自社の売上に影響しそうな要因を整理する
  2. 身近なデータから記録を始める:POSレジや予約システムに蓄積されているデータを、まずは簡単な集計から活用してみる
  3. 継続的に精度を高めていく:一度の分析で終わらせず、データを蓄積しながら予測の精度を上げていく

よくある質問

Q. 小規模な個人店でも、こうしたデータ活用は可能ですか?

大規模なBIツールを自社開発する必要はありません。POSレジやクラウド予約システムに標準で搭載されている集計機能から始めるだけでも、勘に頼った判断からの脱却につながります。

Q. データ分析の専門知識がなくても始められますか?

ゑびやも、もともと専門的なデータ分析の知見があったわけではなく、必要に迫られて自社開発に至った経緯があります。まずは市販のクラウドツールが提供する基本的なレポート機能を活用するところから始めれば、専門知識がなくても着手できます。

Q. 多店舗展開している場合、どこから着手すればよいですか?

グッデイの事例のように、まず一部の店舗やエリアでデータ活用を試し、効果を確認してから全店舗に展開していくアプローチが現実的です。

Q. 季節や天候による売上変動が大きい業種でも、データ活用の効果はありますか?

むしろ季節・天候による変動が大きい業種ほど、データに基づく予測の効果を実感しやすい傾向があります。ゑびやの事例のように、天気や周辺の宿泊者数といった外部データを組み合わせることで、勘や経験だけでは難しかった精度の高い需要予測が可能になります。

参考にした主な調査・資料

まとめ

小売業・飲食業のDX事例からは、「勘と経験」に頼っていた需要予測や経営判断を、データに基づく仕組みに置き換えることで、食品ロスの削減や売上向上につながることが分かります。大規模なシステムを一から作る必要はなく、身近なデータの活用から着実に始めることが、成果への近道です。